コイン探求の旅、今回ご紹介するコインは『英領キプロス 1ピアストル白銅貨』です。

| 発行国 | 英領キプロス |
|---|---|
| 材質 | カッパーニッケル |
| 品位 | ? |
| 発行年 | 1938年 |
| 発行枚数 | 2,700,000 |
| 鑑定会社 | 未鑑定 |
| グレード | F~XF相当 |
| サイズ |
|
このコインは、表面には中央にジョージ6世の肖像が描かれ、その周囲にラテン語で「王であり皇帝であるジョージ6世」、肖像の右下に小さく「PM」と刻まれています。裏面には中央に額面の1、上部に「キプロス」、右に発行年の1938、左から下にかけて額面の「ワン ピアストル」と刻まれています。
表面に刻まれているPMとは、このコインのエングレイバーであるパーシー・メットカルフのイニシャルです。このコイン以外にも、以下のコインのデザインを手掛けています。これら以外にも多数存在しますので、気になった方はリンク先を参照してください。

https://en.numista.com/catalogue/artist.php?id=50
キプロスは、地中海東端に浮かぶ島(下記地図の右下)で、このコインが発行された1938年にはイギリスの植民地となっていました。

キプロスは、16世紀頃からオスマン帝国の領土となっていました。19世紀に入り、エジプトの植民地化を進めていたイギリスは、キプロスの戦略的価値に目を付け、露土戦争後のベルリン会議でオスマン帝国から統治権を獲得して租借地としたことで、1878年に英領キプロスが誕生しました。

露土戦争 (1877年-1878年) 最大の激戦地シプカ峠の戦い - Wikipedia
1914年に第一次世界大戦が勃発、イギリスとオスマン帝国は対立関係となりました。キプロスは、イギリスの海外領土であったインドへの主要ルートであるスエズ運河を見下ろす位置にある極めて重要な海軍前哨基地となっていました。そのためイギリスは、オスマン帝国主権のキプロスを正式に併合しました。
第一次世界大戦終結後、新生トルコ共和国は1923年に締結されたローザンヌ条約に基づき、キプロスに対する一切の領有権を放棄しました。1925年、キプロスはイギリス王室の植民地とされました。

ローザンヌ条約により決定したトルコ国境 - Wikipedia
キプロスの独立は1960年8月16日となりますが、ギリシャへの完全統合を望むギリシャ系キプロス人と、北部に独立国家の建国を望むトルコ系キプロス人は、激しく対立しました。現在、キプロスは北部の北キプロス・トルコ共和国(トルコのみ国家承認)、南部のキプロス共和国に分断されています。キプロスの統合に向けて何度も対話が行われていますが、現在も解決には至っていません。

東西に横切る灰色の線が緩衝地帯「グリーンライン」 - Wikipedia

ブログ:時が止まった町、キプロス緩衝地帯に見た「未来」 | ロイター
このコインの鑑定枚数は、PCGSでは42枚あり、Top popはMS65となります。NGCでは9枚あり、Top popはPF66となります。このコインは、白銅貨ということもありフリマサイトで安価に入手できます。希少性はほとんどありませんが、ユニークな形状に惹かれて所有している方は多いかもしれませんね。私はいずれ45ピアストル銀貨を探したいと思っています。

https://en.numista.com/catalogue/pieces15505.html
今回の旅は、ここまでにしたいと思います。
最後までご覧いただき、ありがとうございました🙇♂️
探求の旅は、まだまだ続きます🐪🌙
